2012年01月22日
2012年01月21日
2011年05月03日
ボランティア
4月6日〜4月11日まで災害ボランティアに参加してきました。
テレビで見るのと実際に現地を目にするのは全く違いました。
主な仕事は瓦礫、泥の撤去でした。

家屋内には津波が床上2メートルまで浸水し、家財道具その他一切を流していきました。水を吸った畳は4人係で運び出し、流されたものは一つ一つ被災者に捨てて良い物かどうか確認を取ります。写真やその他のものは特に注意して。


被災者の方に聞いた話では、地震後逃げようとしたが遅れて2階へ非難し、救助されるまで一週間二階で過したとの事でした。
僕が被災地を訪れたのは自身から3週間後、しかし今だ手付かずの家が多くまだまだボランティアは必要だと感じました。被災された方は、「今まで何もする気にならず、ようやく家を片付ける気になった、1人では気が滅入ってしまいボランティアをお願いした」との事。
被害が酷い地域はもはやボタンティアではどうにもならないものでした。
行きかうのは自衛隊の車ばかりでした。





ボランティアを通じて色々感じた事がありました。文章にするにはなかなか難しい事ばかりですが。
自分にとってはとても貴重な体験となりました。
特に家族や友人、自分の周りの人たちが如何に大切かを感じました。
テレビで見るのと実際に現地を目にするのは全く違いました。
主な仕事は瓦礫、泥の撤去でした。
家屋内には津波が床上2メートルまで浸水し、家財道具その他一切を流していきました。水を吸った畳は4人係で運び出し、流されたものは一つ一つ被災者に捨てて良い物かどうか確認を取ります。写真やその他のものは特に注意して。
被災者の方に聞いた話では、地震後逃げようとしたが遅れて2階へ非難し、救助されるまで一週間二階で過したとの事でした。
僕が被災地を訪れたのは自身から3週間後、しかし今だ手付かずの家が多くまだまだボランティアは必要だと感じました。被災された方は、「今まで何もする気にならず、ようやく家を片付ける気になった、1人では気が滅入ってしまいボランティアをお願いした」との事。
被害が酷い地域はもはやボタンティアではどうにもならないものでした。
行きかうのは自衛隊の車ばかりでした。
ボランティアを通じて色々感じた事がありました。文章にするにはなかなか難しい事ばかりですが。
自分にとってはとても貴重な体験となりました。
特に家族や友人、自分の周りの人たちが如何に大切かを感じました。



